T社に入社して4年目になった僕は、T社を辞めて転職しました。

 

 

T社での仕事はとても面白かったのですが、本来の仕事ではない「作業」の量があまりにも多く、月末になると徹夜する事もしばしばでした。

 

家に帰れなくて、洋服を納品する為の段ボール箱の中で寝た事もありました。

 

僕はT社を、2回「辞める」と言っています。

 

1回目の時は、課長・部長・そして例の名物部長I部長(当時は常務に昇格していました)に順番に飲みに連れて行かれ、徹夜で説得され、辞めるのをあきらめました。

 

 

2回目の時も、やはり皆さんに総出で説得されましたが、転職先が決まっていた僕は、強引に押し切って退職する事が出来ました。

 

この時、I部長(常務)は最後に真っ赤になって怒り、怒鳴りました。

 

今考えると、本当に僕の事を必要としてくれていたんだなあ、と思います。

 

ありがたい事です。

 

さて、転職先はAV(オーディオ・ビジュアル)メーカーのV社です。

 

初出社の時、僕は宇都宮の方達から記念に貰った「23区オム」のスーツを着ていきました。

 

この時、僕はまたもや得意のカルチャーショックを受けました。

 

初出社で朝礼時に壇上で挨拶した僕を、V社の皆さんは、宇宙人でも見るような眼で見ていました。

 

でもそれはお互い様で、僕の方もV社の方達が今まで見たことのない世界の人達に見えました。

 

皆さん、ファッションの「ファ」の字も、微塵も感じさせない格好をしています。

 

当時流行だった、ツータックのパンツをはいた方や、ノーベントのジャケットを着た方なんてもちろんいません。

 

 

それどころか、皆さん「いったいどこで買ったんだろう?」と思わせるような、見たこともないスーツやネクタイを身に付けています。

 

僕より年下と思える方も、同じような格好をしています。

 

一番印象に残っているのは、緑地(グリーンじゃありません。「緑」です)に、赤い花柄のネクタイを締めた方を見た時です。

 

気が遠くなりました。

 

会社の雰囲気も、T社の体育会系の厳しい中にもみんな元気良くやっていた雰囲気とは正反対で、シーンとしてます。

 

なんだか、とんでもない会社に入っちゃったなあ、と思いました。

 

入社してしばらくは研修期間で、先輩社員の手伝いでいろいろな電器屋さんを手伝いました。

 

T社の体育会系の教育を受けていて、動きの良かった僕は、おおむね評判は良かったようです。

 

ところがある日、先輩の社員(先輩と言っても、T社で上司だった方よりも年上の方です)に言われました。

 

「そのダブダブのズボン(ツータックのパンツなんて言葉は当然知らないようです)、はいて来るのやめた方が良いよ。電器屋さんには古い考えの人が多いからさ」

 

アンタの考えが古すぎるんじゃないか、とは言いませんでしたが、当然僕はDCブランドのスーツを着るのをやめたりしませんでした。

 

それどころか、少ない予算を全て洋服につぎ込み、これでもか、これでもか、と新作のスーツを買って着て行きました。

 

当時はDCブランドが徐々にソフト化していっている時代で、トラッドっぽいシルエットに戻っていっていました。

 

僕が好きだったのは、DCブランドでもトラッド色の濃いビギ系の「インスパイア」、それに「アルバタックス」、「タケオキクチ」などでした。

 

色目も、周りの方たちに敢えて反抗するかのように、当時流行していた明るい色目のスーツをたくさん購入しました。

 

明るめのモスグリーン、キャメル、グレンチェック、茶系などを意識的に揃えていきました。

 

紺とグレーの集団の中で、僕の着ている服は当然目立ち、あからさまに顔をしかめる人もいました。

 

 

でも、僕は仕事をきちんとやっていれば、服装は関係ないと思っていました(というより、服装にさえ無関心な人は、仕事も出来ないと思っていました)ので、そんな視線は無視しました。

 

やがて研修期間も終わり、僕は幸い、大好きな丸井さんの担当になりました。

 

周りの見る目も、「あいつが丸井担当のすずきか。丸井担当じゃ、ああいう格好をするのも当然なのかな」という風に変わってきました。

 

2〜3年間、そうした姿勢で仕事をするうちに、ようやく世の中の一般的なファッションの流れがソフト化し、ツータックパンツやノーベントジャケットが当たり前になってきました。

 

僕に「ダブダブのズボンをやめろ」と言った方も、ツータックのパンツをぎこちなく着ていました(というより着られてました)。

 

 

当時、そうしたスーツを世間では「ソフトスーツ」と読んでいましたが、このネーミングはいったいどのように生まれたんでしょうか?

 

僕は絶対に「ソフトスーツ」なんて着るまい、と思っていました。

 

周りに感化されて流行遅れになるのを防ぐ為、ファッション雑誌をよく読みました。

 

最も愛読したのは「メンズノンノ」でした。(今のメンズノンノはティーンズ向けになっていますが、当時のメンズノンノはビジネスマン向けの内容でした)

 

また、幸いファッションのお店「丸井」さんを担当していたので、お店に行くたびに洋服の売場にも行き、いろいろな服を見たり、販売員の方たちと話したりするようにしました。

 

幸い丸井さんの販売員の中にT社時代の同期の人がいたので、最新の知識を仕入れる事ができました。

 

僕はアパレル業界から、アパレルでない業界に転職したわけですが、むしろ転職後の方がオシャレに関しては主張を持つようになりました。

 

やはり、世間の流行に乗るだけではなく、自分の好みを主張したファッションを身に付けるようにしないと、「服に着られる」状態になってしまうと思います。

 

いまはデザインというかパタンナーの仕事にかなり興味があります。
服を売るだけでなく、デザイナーが考えたクリエイティビティあふれる服のパターンを考える、これまたクリエイティブな仕事。
パタンナーの転職関連のサイトをみながらいろいろ考えてみます。
→ パタンナー転職求人で成功する秘訣